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column

妻のアリスとの会話では、ピザだけにあらず、もちろんファッションのことを話す機会も多くあります。
テーラー家族とは言えファッションの話ももちろんするのですよね。
しかし、よくよく考えてみますと、夫婦で話す話題がファッションっというのは意外と稀なのかもしれません。
寧ろ、日本人どうしの夫婦って一体どんな会話をしているのでしょうかね?
時代差はあれど、似たり寄ったりの10代をおくる訳じゃないですか、ピッチだった、ポケベルだったと話したところで5分持ちませんよ。もしくはその日に出来たエピソードトークでも話すのでしょうか?
オールナイトニッポンのパーソナリティですら1週間というスパンからだいたい30分ないし1時間のトークを捻出するわけですよ。あなたが朝出勤しまして仕事が終わって、夕飯の家族団らんの時にいったい何分あたりのエピソードを持ち帰っているのですか? それを365日も続けているなんて正気の沙汰じゃないないですよ。本当にどんな会話しているのですか?今の若人達も考えておいた方が良いですよ。もしくはトークのネタ帳を作っておかなければ破綻しますよ、確実に。
日本のお父さんは大変ですよ、本当。
しかしながら、国籍の違う配偶者をお持ちであれば、もう育った環境が違うわけですから、文化はおろか、学校でのカリキュラムまで違うのですよ。どんな簡単な質問にさえフレッシュな答えが返ってくるわけですね。聞いて育った音楽ですら知らないものばかりです。
70年後半、80年前半生まれのおちついた感じの奥さん達に、色々質問してみてください。だいたいTMネットワークか、小室ファミリーでしか答えは返ってきませんよ。
まぁ、それはそれで盛り上がりそうですけどね。Easy to Dance!!!

そんなこんなで、話をもどしましょう。
プライベートで嫁と男性の上着のコンストラクションがどうのこうの話す方が普通はおかしいわけですよね。
私たちはそんなことを仕事中に話すわけですし。まぁ、電車の中でイルフィッティングのジャケットを着ている男性をおかずに話が弾む場合もありますが、そんなに頻繁にする会話でもありませんよ。
たしかにちょっと特殊な家庭ではありますが、普通のファッションの話もするんですよ、"今世界の女性ではどんなのが流行ってるの?"とか、"いまどんなアイテムに一番注目しているの?"とか、"一番周りで話題に上がってるデザイナーはだれ?"とか、普通の話です。
ロンドンで毎日ように人に会う仕事をしていればもっと感度の高いトークになるのかもしれませんが、もうある意味で一線を退いてしまった我々ですから(そういえば、アリスは学生の頃ロンドンファッションウィークのコレクションで歩いていたこともあるので、どちらかと言えば本当の一線を知っていたかもしれませんね。私とは違います。)、旬な洋服を着てファッションを楽しむと言うより外野でやいのやいの言って楽しんでいるタイプです。もちろん、それもファッションの楽しみ方の一つであると思います。
会話のきっかけにでもなればそれで十分すぎますよね。

遅れました、お世話になっております、をさないです。

いい大人が集まってファッションの話なんか普通はしませんよ。難しい顔をしながら業界の人達が集まってファッションの話をしているように見えたとしましても、本当はがっつりビジネスの話ですからね、基本は。それもファッションの本質なのかもしれませんけどね。
意外と純粋にファッションや洋服について話す事は稀ですし、そういう話が出来る友達や知り合いも意外と少ないものなのですよね。私が地元に帰っても病気の話か、サッカーの話しかしないですしね。

さてさて、そのファッションですが、今は明らかに90年代くらいの<ダサい>が最旬であるのは火を見るよりも明らかでしょう。
私は2015年に"ダンロップ"について話したのですが、世間は私のような真のダサさにまだ到達していないような気がしますね。<ダサ良い>にならない<芯のあるダサさ>ですからね。
まぁ、その話は置いておきまして、もう一つファッションの中にある流れで<安いが良い>があります。拡大解釈しますとCheap Chic ですね。
Cheap Chicは一過性のトレンドと言うよりも、ある種のエレガンスといいますか、哲学みたいな所もあるとは思いますけども。
これは、普通の家庭の文脈の上にある<安いものが良い>ではなくてあくまでファッション上のものでして、ちょっと今、言葉にしようと思うと意外に複雑だと言うことが私も理解できて、少し困惑しております。

サルト
<From Balenciaga.com>

<安良い>はココ数年続いていたロゴビジネスからそこまで遠い流れではないのですが、とりあえず、顕著だったそのロゴビジネスの話からはじめしょうか。
色々と枝葉はあるとおもいますが、その一つの大元にジルサンダーが出した紙袋ですよね。2012年でした。ラフシモンズの最後の仕事だったような記憶がありますね。まさか、北方ルネサンスのアルブレヒト・デューラーのお話しまで遡るつもりはここではありません。たいしたことを話せるつもりも自信もありません。

自然の摂理としまして、モノは上から下に流れるという法則があります。文化でも同じで、上流から下流に流れそしてその裾野が広がっていくという、本物の川そのものなのですが、例外のない法則も無いと言われるように、ある一定の例外も必ず存在致します。
下から上に流れる場合もあるわけです、例が少ないだけに驚きと共にやってくる場合が多いのですから、それだけ話題にもなる。
まさにポロロッカみたいなものですよ。
ファッション業界でも定期的に下から上にある種サルべージョンのようなモノはあるので、歴史を遡ればまた似たような事象は観測されるのかもしれません。

そのジルサンダーの紙袋に端を発し、その他ブランドは安いモノ(価値のないモノ)にロゴをくっつければ言いわけね、と右へ習いこの大きなロゴビジネスに成長したように思います。本当に最近でもセリーヌか何かがビニールのショップ袋にロゴを入れて4,5万で売っていましたよね。まだ続いているのですね。センスを切り売りしているファッション業界に見えますがやっていることは基本コピペ、アイコラですよ。一応品良くコラージュと言っておきましょうか。

ようは価値のないモノがブランドロゴだけでラグジュアリーなモノに様変わりする、というプロセス自体が皮肉も込みで面白かった訳です。
それに上塗りするように、<"ジルサンダーがやった価値のないモノがブランドロゴだけでラグジュアリーなモノに様変わりする" をそのままコピーしちゃいました、面白いでしょ? > まで生まれてきて、どこからどこまでが思惑なのか、ブランド側もロゴビジネス且つパロディビジネスにまで食指が伸びてしまうと、そもそもブラックな模造品まで価値を持ち始めてしまうのではないか?そして何が正解で不正解なのか、寧ろ解無しなのか、と消費者を惑わせたわけです。
パロディにも価値を与えたという点では昔V&Aで起こったことが今ではGUCCIでも起こっているわけですよね。

何が価値なのか、という問いが常に問われている。そして基本的におもしろい問いなのですよね。

>>>つづく