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column

このタイトルの既視感、それは買ったけどやらなかった参考書なのか、それともどこに行ったのか分からない、きっと家のどこかにはあるのだろう保存版と銘打たれたファッションのムック本なのでしょうか?
お世話になっております、をさないです。

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このSRCでは以前から"スーツなんてあなたの着たいように着ればいいのではないだろうか?"っとどこか投げっぱなしでしたし、もしかしたら若人達を混乱させたのかもしれません。

"自由に好きなように" という言葉ほどあなたを束縛する言葉は無いでしょう。
これは非常に難題だったとおもいます。

もう私もこの機会だから言ってしまいましょう。

<おしゃれな雑誌で言っているとおりに着ておけば良い> と。

"結局なげやりじゃねぇか!"とつっこみになられたでしょうか?
それはいたしかたありません。私がどんなテクニックや知恵を紹介したところですべて何かの焼き増しになってしまう事でしょう。

しかし一つ、皆様に勘違いしてもらいたくないのが、どんな本や雑誌でスーツの着方や装いを勉強しようがかまいませんが、それらはあくまで単純なテクニックであって、スーツをそのように着なければいけないというルールであったり、ましてやドレスコードなんて言うたいそれたものでは決して無いと言うことです。

私がずっとここSRCで言ってきましたのは、スーツを着るのにあまり難しく考えないで欲しいと言うことでした。
スーツはそんなに仰々しい物でもなければ、小難しい物でも実際ありません。
好きなようにボタンを使えばいいですし、ポケットも自由に使っていただくのが本来あるべき姿です。
Tシャツの上にジャケットを羽織って襟や袖口を汚そうが好きにすればいいでしょう。

正直私はあなたが何をどのように着ようがどうでもいいのです。ほとんどの人があなたの恰好を気にはしていないことでしょう。それほど他人はあなたに興味もありませんし、みんな自分の事でいっぱいいっぱいであります。

しかし、このようにドライではない、自分にゆとりがあり、且つあなたたちの力になりたいと思っているウェットな人達(中にはさらっと本でも売って小銭を稼げれば良いと思っている人も多いでしょう、)が "ここはこうして、ここはこうする方が垢抜けて見える。" "ここをこうすれば今っぽいし、絶対にモテる!" 、と昔からテクニックを丁寧に教えてくれているのです。
初めは開国を迫った外人が興味津々な日本人に指南したのかもしれません。
そういった綿々と続く歴史あるテクニックなことでしょう。

問題は上にも行ったように、そのテクニック自体が力を持ちすぎたのか、暴走しはじめ<〜しなくてはいけない><〜してはいけない>になってしまっていることなのです。
その数が増えると勉強熱心な若者でも尻込みしてしまうでしょうし、倦厭してしまうことでしょう。

しかし、そんなに難しく考えないでください、それらは単なるテクニックでしかないのですから。

きっと、昔の親切な大人達が "スーツのルール20"とかそんな感じで書いてしまうものだから、いつの間にか、そうしなくてはいけないものだと信じているのだと思います。

ドレスコードに至っては、ブラックタイであったり、ホワイトタイというのが本物のドレスコードですから、全くもって話が違ってきます。
シャツの袖口がジャケットよりも長いのはドレスコードでも何でもありません。ジャケットを汚さないという知恵です。
ビジネスの場であれば、そのビジネスごとの場にそぐわしい恰好というものがあるでしょうから、先輩から学ぶのが賢い選択でしょう。(そこら辺が後輩力という奴でしょうか?)それらも、ドレスコードではなく社会人の常識っといった所です。

3Bジャケットの真ん中のボタンを使うのも2Bの上のボタンを使うのも、クラシカルな範疇ではそこがウエストラインであるため、そのボタンを留めると適当にウエストが絞れ、シルエットが綺麗に見えるためです。(ちなみに、一番下のボタンの高さとサイドポケットの高さが同じとされているのがクラシックですね。今では少ないのかもしれませんね。)
こんなものルールなんて呼べるものでもなんでも無いでしょう。
興味のある人は知っている知識でしょうし、知らない人にはどうでも良いことでしょう。
もしそれでも、それがルールというのならソースを出して欲しいものです。私はSRCで腐るほどウィンザー公のボタン全ドメ写真や同様に全ドメの20sヘンリープールのカタログまで紹介しています。SRCに長くつきあってくれている方はご存じのことでしょう。(まさか、どこかのウェブサイトを貼ってソースとか言わないでくださいよ。卒論の参考文献がウィキペディアでも卒業させてくれる大学でも相手にしてくれませんよ。)

ポケットにしたって、バカみたいにものを詰め込めばそりゃシルエットは崩れるでしょう。洒落たバッグでも使った方がスマートというものです。かといって、初めのしつけをつけたままというのもおかしいでしょう。

これらは単なるテクニックや知恵以外の何物でもないでしょう?
ですから、若人はスーツに畏まらず、自然体で楽しんでもらいたい。

もし、これみよがしに "え?知らないの?" っと他者に得意面する人がいるのなら、ずいぶんとさもしい人なのでしょう
きっと、隣の人があなたの知らないことを沢山知っていると分からないほどに知見がないのです。
ちょっとファッション雑誌を購読していたり、ブログで読んでつけた知識であなたが他人よりも偉くなれるほどこの世の中は簡単にはできていないと普通なら分かることでしょう。

と、まぁ、ここまでは良いのです。きっと皆様も私の言いたいことを理解してくれていることでしょう。
まとめますと、スーツなんかに肩肘張らずに気楽に行きましょうと、そしてちょっと垢抜けてみせるには色々とテクニックがあるから、気軽に調べて参考にしてみればいいのではないか、という話です。

さて、問題はその次です。

テクニックは使いすぎるとあざとく見えるということです。それがテクニックの難しいところなのです。
即効性もあり、なぜかそのテクニックをつかうだけで垢抜けて見える気もします。それだけに落とし穴ももちろんあるのです。

きっと、最上のお洒落、要は "堂に入る" というレベルは<自然体でさりげない>というの事で異論はないと思います。それゆえ最難であるというのは皆様もおわかりでしょう。
一挙手一投足が参考書等で学習したものではなく、日々の生活から脈々と積み重ねられた事なのです。
プロのバレリーナが朝、ベッドから降りる最初の一歩からバレリーナであるように、息をするように格好いい人は格好いいということです。

"ファッションやってまぁ〜す!" で、お洒落に見えるかもしれません。しかし上の定義から言うと最上には決して及ばない。

それではどうすればいいのでしょうか?

私はそのテクニックが必然であり、そして理にかなっていればいいのだと思います。そして"ファッションやってまぁ〜す!雑誌読んで勉強してまぁ〜す!" とは絶対に主張してもいけません。(もちろん、やっていていいですし、勉強していて良いのですけども、それを主張してはいけないということです。粋な人は努力を見せない物です。)

それではもっと、簡単に言いましょうか?

"つっこまれるな!"

これです。

これが現代のダンディの指針になる一つのラインだと私は思っています。

無論、相手に無言で "こいつ今日やってんなぁ〜"っと思われているのも、つっこまれているのと同義と致します。あなたは口ではなく、恰好で"やってまぁ〜す!"と叫んでいるわけですからね。

テクニックに関してもそうです。

・"なんでわざわざ、カフのボタン外しちゃってるの?"
・"暑くもないのにそこまでシャツあけちゃう?"
・"ボタンダウンシャツのボタンはダウンさせない派だ?"
・"靴下の左右をあえて色変えるタイプだ?"
・"ダブルモンクのストラップは一個外してシングルにしちゃう感じだ?"
・"へ〜ここ日本だけどイタリアでは普通なんだぁ?"
・"ダブルのジャケットそう着ちゃう?"
・"百万円近いレザージャケットにユニクロのパンツを合わせてます、ってわざわざ教えてくれるタイプだ?"
・"今はとりあえずピッティ叩いとけば良い感じだ?"
・"へ〜好きすぎて色違いで何枚も持ってるんだぁ"
・"彼女に選ぶ女性は音楽の趣味が合わないとだめなんだぁ"
・"なるほど、好きな音楽じゃなくて好きなファッションがロックなんだぁ"
・"マラドーナも二つつけてるんだぁ"
・"一周してお洒落なやつだ"
・"ジョニーデップと同じなんだぁ。"
・"それレディース物だぁ"
・"へ〜昨日全然寝てないんだ〜"
・"今日テストなのに、昨日は九時に寝ちゃったんだぁ"
・"見つめ合うと素直におしゃべりできないタイプだぁ"
・"え、これですっぴんなの?"
・"ん〜出せるけど、パス。"
・"♯カリスマ"

不条理でしょう。これではつっこまれます。こういった事は肉食獣のかっこうの餌であったりするのです。国民総つっこみ時代です。

前にも言いましたが、ファッションを楽しむと言う範疇ではつっこまれようがどうしようが楽しくいこうぜ!というハートの強さも必要だとおもいます。
しかし、そんな強靱なハートを持った人はあくまでごくわずかなのです。言葉以外のそういったファッションの主張も場合によってはマイナスに働いてしまう事もあるとおもいます。

スーツであったり、クラシカルなダンディ像を自分のアイコンとしているような人はつっこまれないような装いが正解に一番近いように私は思います。

"やっている"のだけれどもそうみえないのはそれが必然且つ理にかなっているからなのでしょう。それゆえつっこめない。 (ゲイのファッションコメンテーターは"おもしろくない、踏んづけてやる!"と言うかもしれませんが。)
それは間違っても、悪目立ちしたへんに主張した恰好にはならないでしょう。

<理にかなった装い>をしている事が肝心なのです。それは結局往年のダンディズムである<さりげなさ>の心にも通じていると思いますし、<堂に入る>事の一つの解釈になるのかもしれません 。